未納の場合でも、医療機関を受診する際に遡って滞納した保険料を納めれば問題ないが、国保の未納率は七%であり、このレベルは最近一〇年間ほとんど変化していない。
したがって、この問題は医療保険制度の根幹を揺るがすほどの大きな問題になっていない。
以上のようにきわめて限られた範囲でしか医療保険を選択できない仕組みとなっており、しかも保険者は政府もしくは組合健保のような非営利の団体(各組合は会社とは独立した法人)に限られていることが、同一の診療報酬体系の適用や財政調整の仕組みとともに平等を実現するうえで大きく寄与している。
また保険者として加入者を獲得するための営業活動や医療機関と料金の交渉をする必要がないので、少ない人員、低コストで運営できる。
日本の医療保険制度が全体としては平等にできているならば、逆に金持にとっては著しく自由が束縛された体制であることを意味する。
確かに前述したように相対的に低い保険料率や予防給付の面等の特典はあるが、肝心の医療サービスについては建前としては何らの違いがなく、最高の医療をお金に糸目をつけずに求めたいとする欲求に対して対応できるような体制は基本的には存在しない。
こうした日本の状況はきわめて特異的である。
ドイツの高額所得者は社会保険から抜け出て民間保険に加入でき、イギリスでは国営医療の体系から完全に離れることはできないが、民間の保険に加入し、ベッドが空くまで普通ならば数カ月待たなければならないところを待たずに入院でき、しかも自分で専門医を選ぶことができる。
カナダではこのような選択はないが、金持は国境を越えてアメリカで最高の医療をうけることができる。
だが、日本ではいずれもできない。
第一に、日本は地理的に離れているので、きわめて裕福な人々や野球の選手等のごく限られた老以外には海外で最高の医療を受けることができない。
第二に、医療保険への強制加入の原則を崩すと、前述したような「逆選択」や財政調整の仕組みが成り立たなくなるので、それも許されていない。
第三に、社会保険の枠外で特別の医療を受けたい人々に対応するような医療幾関や医師はほとんど存在しない。
予防面以外にも、医療分野の産科の正常分娩、中絶、美容外科、矯正歯科は社会保険の対象外であり、これらのサービスに対しては価格、病室環境、患者から見た質のレベルにおいて自由に競争が行われている。
このうち、第三の状況が最も不思議である。
確かに社会保険への強制加入、定率の保険料負担、差額徴収の禁止(保険で定められた以上の金額を患者に請求した場合には、全体が保険で給付されなくなる)がある中で、自費で医療を受けることになれば非常に大きな負担となる。
しかし、現にイギリスでは同じような状況下にあるにもかかわらず別建ての民間保険による私費医療が行われている。
したがって、こうした需要は日本においても存在しているはずであり、事実、以下のような方法で満たされている。
その一つは差額ベッドであり、一定の施設基準を満たせば四人部屋以下であれば全病床の半分以下の病床については差額を徴収することが認められている。
ただし、こうした差額病床はその規模においても、また徴収金額においても大きなウエートを占めていない。
確かに東京の大学病院の中には一日七万円以上の病室もあるが、差額病室の三分の二は一目五〇〇〇円以下であり、また差衝ベッドが全病床に占める割合は一一%に過ぎない。
平成六年の診療報酬の改定で差額ベッドの名称は「特別の療養環境に係わる病室の病床」と改められ、それまで一人部屋と二人部屋に限り、全病床の一一割以下、という内容の規制がこのように大幅に緩和された〔さらに大臣承認を受ければ全病床についても差額徴収が認められる)。
ただし、四大部屋であっても施設基準をクリアすることは困難であるため、差額病床の割合は今後増えることはあっても、過半数に近づくことは考えにくい(「差額、ベッドの増加傾向続く」社会保険旬報一八九二)もう一つの方法が医師に対する謝礼である。
差額ベッドに入院した場合には謝礼を払うことがとくに大学病院等では広く行われており、有名大学の外科の教授が執刀した場合には五〇万円以上に及ぶこともあるが、一般には一〇万円程度である。
多くの場合、患者の家族が病院の他の医師に担当医師への謝礼の「相場」を聞き、手術等が終わった後に渡される。
なお、一般のベッドで入院した場合や、外来だけの場合の謝礼は通常これよりはるかに少額であり、その多くは一般に盆暮れの付け届けとして行われているウィスキーやサラダ油の程度である。
表I(黙111)で示したように医師への謝礼をかなり多めに推計しても、平成二(一九九C一)年において二六九八億円であり、一部の医師にとっては非課税であることもあってかなりの収入源であり、また患者にとっては大きな出費であるが、医療費全体からみれば一%以下である。
しかしながら、医師に対する謝礼は厳密には法律違反であり、とくに国公立病院の場合は公務員に対してであるだけにとくに罪が重くなる。
そのため、公立病院の中には謝礼お断りの張り紙が張られており、病院の管理者ばかりでなく、労組によっても厳しくチェックされている。
法律違反の問題は別としても、謝礼は国民から快く思われていないことだけは確かである。
しかしながら、客観的に突き放して分析すれば、経済学的には謝礼は患者からみて質の高い医療サービスに対して市場が形成した価格である。
つまり、名医と呼ばれる医師は少数しかいないので、こうした名医の診療を受けたいならば、ちょうど人気のスポーツ大会に対してダフ屋の相場があるように、割り増しのヤミ料金が生まれても不思議ではない(名医の場合は、よく治るという結果以外にも、「名医」にみてもらうこと自体が患者にとって価値がある)。
一方、政治学的には、謝礼は大きな力を持った社会のエリートが、医療制度に対して持っている不満を和らげる安全弁の役割を果たしているといえよう。
つまり、大多数の国民に対して非常に平等なシステムを維持するためには、かつての共産主義諸国のように少数の指導層に対して抜け道を用意しておくことも必要である。
そうであるならば、いっそのこと、謝礼をオープンにして合法的にできないのであろうか。
述べたように、アメリカにおける市場志向の医療経済の影響を受けた一部の厚生省官僚は、競争原理に従って効率性を追求し、自己負担の拡大による選択の実現を望んでおり、こうした考えに従って昭和六〇年代より差額ベッドや病院給食に対する規制は緩和されてきた。
また、この時期より損害保険会社や生命保険会社は医療保険の分野への進出が強まった。
差額ベッドに対する規制緩和のほか、平成六年の診療報酬の改正では、原則的に給食料を患者から徴収することになり、それと同時にいくら請求するかは病院の判断に基本的に委ねられた(かつては、食事にもう二m追加し、その料金を請求すれば、差額徴収の禁止から入院費用全体に対して保険が適用されなくなった)。
だが、現在でも標準より多くを徴収している病院はわずかである。
だが、市場志向の競争によって医療全体の質が改善するほどの改革を行うことは日本では不可能であると考えられる。
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